2009年1月28日水曜日

ディレクター神山からのメッセージ 私との関係(6):「自分を変える=世界を変える」

日本のSNS「Mixi」の「ウェルネスキャンプ」コミュニティ上で当協会ディレクターが投稿したメッセージの第6弾です。
以下、引用です
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いよいよ、オバマ大統領がスタートした。 

なぜ彼のようなアフリカ出身二世の黒人が選ばれたか。 
それは、アメリカがいや世界が、「今のままでは駄目だ。新しい世界に変えなければ駄目だ」と危機を感じたからである。

同じように我々個人のレベルでも、人生の何処かで危機が訪れ、自分を変えないと駄目だ、と感じる時がある。

そんな時「どうやって自分を変える事が出来るか」、其の方法は大きく分けて3つある。

ほんの少数だが、強い意志を持っている人は、今迄と同じ環境に居ながらも自らを鞭打ち、努力し、改善する事が出来る。
 
しかし、私を含めて大多数の、あまり意志が強くない人は、今までとは違った新しい環境に自分を押し込み、そこから出られなくする事によって「自分を変えていく」方法がとても効果的だ。

一番強力な方法は、神様に助けてもらう事、つまり「信仰の力」によって自らを変える事だ。 
自分の力ではどうしようも出来ない事を悟った時、神様の力が働く。 
これは絶対だ。  

私は親から「お前は回りに流されやすいから気をつけるように」と、よく言われていた。 
私自身もあまり意志が強くないことは知っていたので、新しい環境の中に自分を閉じ込めて逃げられなくし、それまでの自分を変える方法をとった。 

以下は私が試みた方法です。 「自分を改善したい、変えたい」と思っている人の参考にしてください。 

自分が変わった時、世界が変わります

私が大学を卒業するまで暮らしていた日本では決して豊かとはいえないが、着るものを買って貰えないとか、食べる事が出来ない、と言う経験は一度もした事はなかった。 
両親も健在だったし、毎日安心して帰る家もあった。  

この当たり前だと思っていた事がニューヨークに来た途端一挙になくなってしまった。

私は大学を卒業してすぐロスアンジェルスに渡り、大リーグを目指してドジャースの入団試験を受けたが落ちたので、野球をきっぱりとやめる事に決めた。
とは言っても、其れまで野球以外何もして来なかった自分が野球を止めてどうやって生きていったらよいかまったくわからなかった。

「ゼロからやるしか道はない」と決意して、これから進むべき道を探すべく、誰も知り合いの居ないニューヨークに来た。 

有り金は$82(当時は$1=360円)、仕事もない、泊まる所もない、そして、英語も出来ない。 

今考えると信じられない様な「ないない」状態でニューヨーク迄来てしまった。 

あったのは「若さ、体力、そして大きな期待と不安」だけであった。

あまり公に出来ないこともあるのでその辺は省くが、少ないお金をセーブする為に食事を抜き、水を飲みながら仕事を探した。  

しかし、英語は出来ないし、手に職も無いので何処へ行っても雇ってくれなかった。 

ニューヨークに着いて三日目の夕方。
腹が減ってフラフラになり、めまいもしてきてもう駄目かと思った時、56丁目にあった日本レストランの前に「皿洗い急募」のビラを見付けた。
  
店に入り、「すぐに働きますから、其の前に何か食べさせてください」と頼んで、まかない様に用意してあった鍋一杯の煮付けを全部たいらげた。 

その時の食事の何と美味しかったことか。 

食べ物がお腹に入っていくに従い、其れがエネルギーに変わっていくのを感じた。 

こんな体験は生まれて初めてだった。   本当に嬉しかった。

「これで生き延びる事が出来る」と思ったら、思わず涙が出てきた。

あの時の感覚は38年経った今でも私の脳裏に鮮明に残っている。 

私は其の日からそこで皿洗いとして働いた。 
そして、お金をセーブする為に何処へ行くときも1時間以内の距離は歩くか、寒い時は走った。 
又、床屋へ行くのはもったいないので髪バサミを買って来て、髪は自分で切った。 

泊まる所はWest 70丁目のコロンバスアベニュー近くにあった裸電球ひとつの薄汚れた小さな部屋を週$16で借りた。 

当時のあの辺は今と違って映画“West Side Story”の舞台にもなったほど薄暗く、汚い所であった。 

そこは、トイレとシャワーが共同で、時々お湯が出なくなったり、天井が落ちてきて殺されそうになったりもした。 

ゴキブリは毎日沢山出てきた。 
最初のうちは懸命になって殺したが、いくら殺しても殺しても出てくるので諦め、「太郎」とか「次郎」とか名前を着けて楽しむようにした。
  
私はそのスラムに2年間住み、一生懸命働いてお金を貯めた。 

ひもじい思いをして「皿洗い」と言う、誰もやりたくないような最低な仕事をし、ホームレス一歩手前ともいえるような最低な所に住んだ体験こそが、それ以降の私の生き方を変えた。 
 
その時以来、どんなことでも「必死になってやれば必ず何とか成る」と言う自信がついた。

と同時に、仕事を失いそうになった時や、お金が無くて困った時、「どうしようもなかったら又皿洗いをやればいいや」と開き直り、気持ちを落ち着かせる事も出来るようになった。

又、この体験は私に「働かなければ食べれない、食べてはいけない」、と言うことも教えてくれた。

そして「腹が減っていれば何でも美味しい」という事も解からせてくれた。 

誰か知り合いに頼んで何か仕事を世話してもらったら、ひもじい思いをする事もなかっただろうし、お金ももっと簡単に稼げたかもしれない。

でも、もしそうしていたら、なんでも親から与えられ、甘えて生きて来た自分を変える程貴重な体験は出来なかっただろう。

長い年月が経ち、過去を振り返ってみると、この時の体験こそが現在の私の基礎を成していると言う事が解かった。

私はいつも他の人が出来る事で自分に出来ない事は何も無いと思っている。
それは、君だって同じだ。
 
私が「自分を変える」事が出来たのだから、君にも必ず出来る。
「やる気と少しの勇気」さえあれば。

大事なポイントは、いくつか方法があったなら、簡単そうな方法を選ぶのではなく、大変だと思える方法を選ぶことだ。 

君はまだ若い、無限の可能性を持っている。

思い切ってやってみろ。  そうしたら人生は楽しくなる。 

感謝

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